My Bloody Valentine『m b v』と「悪い音のおしえ」

マイブラの今年3度目となる来日公演が決定した。2月に大阪/東京で敢行されたホール・ツアー、5月に開催される予定だったTOKYO ROCKS 2013のキャンセルを経てのフジロック出演、そして3度目はなんとドミューン(!!!!!!)主催によるプレミアム・ライヴ@東京国際フォーラムA。しっかり耳栓付きで、しかも全席指定。公式サイトでの紹介文がいつにも増してアツい! (以下、「DOMMUNELIVE PREMIUM “NEW TRACKS”」からの引用です)

ケヴィン・シールズの要望に忠実に、DOMMUNEが独自のシューゲイザーサウンドシステムをこの日の為に構築!!!!!!! ライヴ音響は、LIVE PAの草分けであり、日本最高峰サウンド・エンジニアの浅田泰が監修!!!!!!! My Bloody Valentineを存分に堪能するための完璧な環境作りで、一夜限りのプレミアムLIVEが現実のものとなる!!!!!!!

「You Made Me Realise」での15分にも及ぶ“ノイズ・ビット”の衝撃、残念すぎる「ステヤン」の衝撃、さて! ドミューン主催のプレミアム・ライヴではどんな衝撃が待っているのだろう? ここで注目しておきたいのが、引用文にもあるとおり音響へのこだわりが強調されていること。全席指定ってことは、座ったままでシューゲ・サウンドを「鑑賞」することも可能。あえて、従来の“ライヴのノリ”を排して音響/音楽そのものに集中することが許される環境だといえる。いや、だからこそ、逆に抑えきれない衝動が爆発するライヴになるかもしれない。マイブラの“音そのもの”が「完璧な環境」で鳴らされることは、簡単には想像がつかない。とにかく、特別なライヴ体験になることだけは間違いないと思う。


時が流れるのは速いもので、マイブラが22年ぶりの新作『m b v』をリリースしたのが、大阪/東京公演直後の今年2月。その時によく目にしたり、耳にした『m b v』の音質について思うことがある。未だにモヤモヤしていること。
僕は2月の東京公演を体験している(フジロックには行かなかった)。その時に『m b v』からプレイされたのは「new you」だけだったけれど、“音響”へのこだわりは充分すぎるほどに感じることができた。その集大成が「You Made Me Realise」のノイズ・ビットだったことは言うまでもない。やみくもに聴覚を攻撃(刺激?)するのはなく、ケヴィンがイメージする音像を具現化することに細心の注意が払われていると感じた。「爆音」だと、ひと言で形容されがちなサウンドには、デリケートなほどの技術と意識が作用している。
そんなライヴを体験したあとで、(体験していなかったとしても)リリースから半年以上たった今こそ『m b v』を聴いてみて「音が悪い」と言えるのかな? と思う。リリース直後に音質云々でアルバムの“価値を評価/判断”していた人たちは、いま何を思うのだろう?

MBV

MBV

僕は『m v b』を初めて耳にした時から今でも「音が悪い」と感じることはなかった。むしろ、その音質こそが独創であり、このアルバムを特別なものにしている。そして、収録されている曲が好きだ。だから、僕は『m v b』を素敵なアルバムだと思う。過剰な思い入れかもしれないけれど、その音質にもマイブラが伝えようとしていることが含まれていると思う。
サウンド、歌詞、アートワーク、ルックス、そして聴き手である自分自身のキモチなどなど…。あるバンド/ミュージシャンの一枚のアルバムを気に入る/気に入らない理由は様々だ。『m v b』は、そこに音質という要素が加わったにすぎない。音そのものがどう聴こえるか? は、人それぞれ。好みもあるし、再生環境もまちまちでしょう。でも、あえて「その音質」を選んだ作り手の意識を顧みないのはどうかと思ってしまう。


『音盤時代』2011年1月号を読んでいて面白いと思う記事を見つけた。それは、湯浅学さんの執筆による「悪い音のおしえ」という文章。そこで語られているのは、「音にとっては良い音も悪い音もない」(本文より)という視点からの「悪い音」に対する考察だ。

音は音であるから、もともと音楽という制度下になどない。しかしながら、音楽制度下で音楽を保守しているひとのなかには、良い音楽とは良い音を提供してしかるべきものだと信じて疑わぬ者がいる。良い/悪いをいつの間にか、心地よい/不快、なめらか/ごつごつ、耳にやさしい/痛い、均整がとれている/いびつで歪んでいる、という二項対立のほとんどに対応させ、音楽のみならず、音、音質そのものの判定にも使ってしまうひとたちである。(「悪いおとのおしえ」より)

レッド・クレイヨラのライヴ盤、カセットに録音されたスーダンのポップス、ジャマイカのアナログ盤などを例に挙げながら、ユーモアたっぷりに「悪い音のおしえ」を伝えてくれる。一般論での「良い音」だけを選び、「悪い音」を切り捨てていては見えないことがある。音楽との“出会い”そのものを狭めているということ。結局、その音を聴いて「何を感じるか?」ということ。マイブラの『m b v』はあえてアナログ・レコーディングによる音質を採択している。それが決して「悪い音」だとは思えない僕には、グッとくる記事だった。

音盤時代VOL.1

音盤時代VOL.1

90年代初頭にリリースされたロバート・ジョンソンの『コンプリート・レコーディングス』はどうだろう? 一体誰が「音が悪いわ!」と無視することができるだろう? RJ、クロスロード伝説、キースとクラプトンも大興奮、歴史的価値というファクターで脳内補正されて「これは、すげえ!」って感じる聴き手の身勝手さ。けれども、本当にスゴいから問題なし。という不思議。

コンプリート・レコーディングス

コンプリート・レコーディングス

僕個人の経験では、イアン・ブラウンの1stソロ・アルバム『Unfinished Monkey Business』も「音の悪さ」では衝撃だった。そのアルバムを初めて聴いたのは、友達がダビングしてくれたカセット(90年代後半、まだギリギリ現役でした)だった。だから、音がモコモコしてるのかな?と。でも、後日CDで聴き直して「カセットまんまじゃん!」ってびっくりしたのを憶えている。情報を集めてみると、イアンがローゼズ解散後に録り貯めたデモが基になっているとのこと。そのデモに各パートをオーバーダビングして完成させたらしい。それでも、僕は最高だと思った。曲の良さはもちろん、ローゼズ解散後から1stソロのリリースまでの試行錯誤と決意が感じ取れたから。「音の悪さ」こそが、空気を封じ込めたドキュメントになっている。

長〜くなったけれど、マイブラの今年3度目の来日公演は、徹底的に音響にこだわったライヴになるという事実がある。マイブラは、誰よりも音そのものにこだわるバンド。『m b v』のサウンドをじっくり聴いてみよう。もちろん楽しみながら! きっと新しい発見があるはず。と、僕は思うのです。そして、レコード(カセット)、CD、音源データなどなど色んなフォーマットが出揃った今こそ、「音が悪い!」で片付けたらもったいない。もっとじっくり耳を傾けてみよう、と自分自身に言い聞かせたり。音を楽しむ、から音楽だなんてね!
ちなみに僕が「良い音」だと思うのは…50年代、60年代に録音されたジャズ・アルバム(ルディ・ヴァン・ゲルダーの仕事とか)やポール・ウェラーの2ndアルバム『Wild Wood』だとか。この話はキリがなさそうなので、またいつか。

※写真はオリジナルかき氷「マイ・ブラッディ・いちごミルク」です。