FREEDOMMUNE ZERO<0> ONE THOUSAND 2013に行きました!!!!!!!!

FREEDOMMUNE ZEROの翌日、久しぶりに実家に帰ったときの母との会話。
「昨日、瀬戸内寂聴さんの講話を聴いてきたよ」「へえ、お母さんも聴きたかったわ。どこで?」「ドミューンで」「なに、それ?」「音楽フェス、かな?ちょっと違うけど…」

今年で91歳という瀬戸内寂聴さんを迎えるフロアは、とても和やかで寛いだ雰囲気だった。“MAKUHARI BUDOUKAN”と名付けられたステージでは、寂聴さんが登場するまでにZAZEN BOYSにせんねんもんだいが会場を沸かせていた。
そして、ちょうど9時半をまわった頃、大型スクリーンに芥子色の袈裟をまとったその姿が映し出される。ホンモノの寂聴さんは、想像以上に小さい。けれども、笑顔はとっても大きくてスクリーンからはみ出しそう。肌の色つやも良い。
「こんばんは。瀬戸内寂聴です。若い人には…ジャッキーって呼ばれてます」
なんてチャーミングな91歳だろう!!!!! 爆笑と歓声。堂々たるヘッドライナーの登場だ。
会場に集まったみんなとの質疑応答も含めて、あっと言う間の1時間半。「恋と革命をしよう」「人の意見なんか気にせずに、好きな人や好きなものを大事にしよう」そんな言葉が飛び出すたびに、誰もが大きな拍手で応えていた。

91歳の寂聴さんの講話の前に観た7×13 BOA DRUMも圧巻だった!!!!!! 7月13日だから7×13=91人のドラマー。そういうことなのかも。

僕は2011年2月27日に新木場スタジオコーストで開催された「I'LL BE YOUR MIRROR」ボアダムスのライヴを観ている。その時の編成は6ドラムス+1EYE。祝福とカオスがこんがらがった最高のパフォーマンスだった。それから1ヶ月もしないうちに、日本がこんなにも変わってしまうなんて想像もしていなかった。メッセの会場いっぱいにセットされた曼荼羅のようなドラムセットの数々を見渡しながら、僕はそんなことを考えていた。

さざ波のようなシンバルのラッシュから静かに音楽が立ち上がってゆく。気がつけばフロアは満員で、通路に上がる階段まで人でいっぱいだ。お客さんよりもミュージシャンがプレイするスペースのほうが(当然だけど)ずっと広い。
サウンドはうねりを増しながらフロアの熱を上げる。そう、これは圧倒的な運動量を要求されるドラマーの熱気も混ざり合っている。91人の中には、外国人もいる。かわいらしい女の子もいる。太った人も痩せた人も、若い人もベテランも。
会場の広さ、そしてドラマーのテクニックの差もあるのだろう。音が僅かにずれながら揺れている。けれども、僕にはそれが逆に心地良い。中央にセットされたステージで音楽を支配するEYEの動きは、気の狂った司祭のよう。そして、ドラマーたちの統制された動きは舞踏であり、武闘だ。
ひとつの軸に沿って音像が生まれては消える。それは自然界にある音を思わせる。波や風、そして遠雷。気がつけば、2時間も経っていた。2013年の今、僕が再び観たボアダムス=7×13 BOA DRUMは、「生命力」そのものだった。


「音楽フェス、かな?ちょっと違うけど…」僕は母に説明するために言葉を繋ぐ。
「ライヴがあって、DJがあって、あまちゃんオーケストラも出てた」「あのあまちゃん?」「そう、あのあまちゃんだよ」「あまちゃん、最高!」「あまちゃん、最高だねぇ」「あと、手塚治虫の展示もあったし、サブカルだとか福島関連のトーク・ショーもあった」「福島って、原発の?」
そう。ドミューンのフェスは、震災の被災地を支援するイベントだよ。

想像力は創造力に成りうる。復興はまったく終わっていないということを年に一度でも再認識させられるような現場を作る。それがもっとも重要なことだと考えています。

ナタリーによる宇川直宏さんのインタビューより


瀬戸内寂聴さんの言葉が僕の胸に残っています。
「ここにいるみんなは、あの地震のことを忘れていないのね。これからも忘れないでください」
「大地震のときは、寝たきりになりかけてたけれど、その知らせを聞いたときに、気付いたらベッドから立ち上がっていたのよ」
「言っていいのかしら、今の日本は昭和15年、16年頃の空気と似ています」
若い人たちに言いたいのは、日本を戦争をするような国にしないで欲しいってこと」
震災から2年。そして、2013年夏の参議院選挙は今日、7月21日。その言葉をしっかりと受け止めなくちゃ。