スピッツ『横浜サンセット』2013.9.14.Sat.


本当にきれいな夕焼けだった。横浜で生まれ育った僕にとっては毎日見続けてきた景色だけれど、この日は格別。赤レンガ倉庫の向こうに沈む太陽とうろこ雲を眺めながらそう思う。灯りがともり始めた港からの涼げな潮風が夏の終わりを感じさせる。スピッツの野外ライヴ『横浜サンセット』は、その名前どおりのシチュエーション。それは「うきうき」でもなく、「しみじみ」でもなく、どこか落ち着かないキモチにさせる。新作『小さな生き物』のリリース直後だし、久しぶりのツアー直前だし。今日はどんなライヴになるのかな? オープニングの曲さえ、想像もつかないな!

小さな生き物

小さな生き物

ファンでいっぱいの会場には、抑え気味のボリュームでSEが鳴り続けている。The La'sの『There She Goes』、ビリー・ジョエルの『Allentown』、The Smithsの『Heaven Knows I'm Miserable Now』…。決してアッパーではないけれど、芯の強い言葉とメロディを持つ歌たち。惜しくもチケットを入手できなかったファンも会場の外にたくさん集まっていたけれど、みんなには聴こえていたかな?

ステージ上では『横浜サンセット』とSpitzのロゴ、赤い靴や錨のイラストが反射しながら揺れている。よく見ると、それは風に揺れるスパンコールだった。一瞬一瞬、波のように表情を変える光沢と陰影。スピッツの音楽にぴったりだ。そんなことを考えていると、4人がステージに軽快な足取りで現れた。開演時刻をほんの少し過ぎた頃、マサムネのあの声が夕暮れに響き渡る。ギターを手にしていない。軽やかなリズムとリラックスした雰囲気の演奏でオープニングの「恋のうた」が始まった。


聴き馴染んだあのリフに導かれて「涙がキラリ☆」がプレイされる。「みそか」「ハチミツ」と続いて、会場のみんなも徐々に熱気を帯びてくる。歓声や手拍子、ゆっくりと体を揺らしながらそれぞれのやり方でスピッツの音楽を受け止めている。なるほど!今日のセットリストは、新作のお披露目というよりも、長尺のフェス仕様なのかもしれない。冒頭の4曲を聴き終えて、僕はそう気付いた。『小さな生き物』からの新曲がどんなふうにプレイされるのか楽しみだったけれど、それはさておき、今日はどんな曲が聴けるのだろう? 横浜の港に夜の帳が下りてきた頃、つま弾くようなキーボードのフレーズが会場いっぱいに響き渡った。『小さな生き物』から、今日いちばん最初にプレイされたのは、その新作を印象的に締めくくる「僕はきっと旅に出る」だった。


『小さな生き物』を初めて手にしたときに思ったこと。それは、トーキング・ヘッズの『Little Creatures』と同じ名前だな、ってこと。豊かな実験精神と都会(NY)っぽいスマートさ、そして、パンク/ニュー・ウェーブならではのタフさを持ち合わせたトーキング・ヘッズ。彼らが1985年にリリースした6枚目のアルバム『Little Creatures(=小さな生き物)』は、カントリーやゴスペルをも吸収したポジティブなフィーリングにあふれている。そのアルバムのラストを飾るのが、「Road To Nowhere」という曲。“どこへ辿り着くか分からないけれど、旅に出よう”と歌われている。ほら、偶然にしては素敵でしょ。「僕はきっと旅に出る」みたいだ。

Little Creatures

Little Creatures

新作からのタイトル・トラック「小さな生き物」、イントロをチープな打ち込みにアレンジし直した「運命の人」、今こそ歌詞の意味が深みを持つ「ルキンフォー」、新作の中でも80sっぽい(カーズっぽい?)ハードでポップな「りありてぃ」などが、ブルーとグリーンを基調にした鮮やかなライティングと交わりながらテンポよく放たれる。ヒット曲のオンパレードというよりも、ここに集まったファンのみんながそれぞれに大切にしてきた曲たちがひとつひとつ丁寧に演奏される。

「チェリー」「渚」の連打に会場全体がさらに熱を帯びる。前作『とげまる』からは「恋する凡人」がプレイされた。楽しげにぴょんぴょんジャンプする田村くんの姿が2台のスクリーンに映し出された「8823」と「メモリーズ・カスタム」のグルーヴから一変、この夏の終わりを感じさせる軽やかな「海を見に行こう」へ。本編のエンディングは、派手なクライマックスと静かな余韻を残すコントラストが最高に心地よかった。


アンコールは、1stから「ヒバリのこころ」でスタート。最近のスピッツのライヴで披露されることが多くなったけれど、不器用な初志貫徹っぷりが彼ららしくて素敵。そして、メンバー紹介では、クージーのMCが最高に愉快だった。崎ちゃんの「赤レンガに一人で下見に来て、フルーツポンチを食べた」って言うMCを受けて「崎ちゃんの言ってるフルーツポンチが、どう見てもただのワッフルなんだよね」だとか。「日比谷の野音でライヴした時に、照明につられて飛んでくる虫が全部、マサムネの髪の毛の中に入っていった。出てくるところを見ていないけど大丈夫か」とか。最高でした!


「次の曲をやったら、14枚のアルバム全部から演奏したことになるよ。偶然だけど!」というマサムネのMCにみんなが大歓声で応える。『空の飛び方』から「ベビーフェイス」がプレイされる。そして、ラストは「夢追い虫」がありったけのパワーで鳴らされた。“ユメで見たあの場所に立つ日まで 僕たちは少しずつ進む あくまでも”。ー そして、夜空を見上げると…この瞬間を祝福するような、夏の終わりを惜しむような、たくさんの花火が炸裂! それは、本当に僕たちの手に届きそうな近さだった。


11月から始まる『小さな生き物』のツアーが楽しみ。この日、演奏されなかった「未来こおろぎ」や「野生のポルカ」「エンドロールには早すぎる」、そして「潮騒ちゃん」がどんなふうに鳴り響くのかな? 『横浜サンセット』での僕にとってのハイライトは、新作からの切実なセミアコースティック・ナンバー「ランプ」からマサムネのハーモニカもカッコ良くきまっていた「アパート」、そして1stからの「月に帰る」という3曲の流れ。それぞれの曲を初めて耳にした時の自分、2011年3月から変わってしまった何か、そして2013年の今もこれからも変わらないこと。そんなことを噛みしめながら、考えた。ネバーダイ ネバーダイ ネバーダイです。やっぱり「潮騒ちゃん」が聴きたかったけれどね!

〈横浜サンセットSet List / 2013. 09. 14. sat.〉
1. 恋のうた(2nd『名前をつけてやる』)
2. 涙がキラリ☆(6th『ハチミツ』)
3. みそか(11th『スーベニア』)
4. ハチミツ(6th『ハチミツ』)
5. 僕はきっと旅に出る(14th『小さな生き物』)
6. 夏が終わる(4th『Crispy!』)
7. 小さな生き物(14th『小さな生き物』)
8. さらさら(14th『小さな生き物』)
9. ルキンフォー(12th『さざなみCD』)
10. 運命の人(8th『フェイクファー』)
11. りありてぃ(14th『小さな生き物』)
12. ランプ(14th『小さな生き物』)
13. アパート(3rd『惑星のかけら』)
14. 月に帰る(1st『スピッツ』)
15. チェリー(7th『インディゴ地平線』)
16. 渚(7th『インディゴ地平線』)
17. 恋する凡人(13th『とげまる』)
18. 8823(9th『ハヤブサ』)
19. メモリーズ・カスタム(9th『ハヤブサ』)
20. 海を見に行こう(10th『三日月ロック』)
アンコール
21. ヒバリのこころ(1st『スピッツ』)
22. ベビーフェイス(5th『空の飛び方』)
23. 夢追い虫 (編集盤『色色衣』)