『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』


ニュー・オーダージョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』を読んだ。
まずはじめに「いいな」と思ったのは、主語の訳し方。本書の原題『Chapter and Verse - New Order, Joy Division and Me』の〝Me〟が〝ぼく〟で、本文では主語を〝私〟としている。〝ぼく〟と〝私〟の違い。それは日本語に訳されてこそ味わえる微妙なニュアンスだから。

どこかピーター・サヴィルのデザインを思わせるシンプルなタイポグラフィがあしらわれた表紙は、(本書を手に取るであろう)ニュー・オーダーのファンを安心させるはず。そして、バーナード・サムナーというよりも〝バーニー〟として親しまれている彼のどこかチャーミングなイメージにも〝ぼく〟という言葉がぴったりだ。
表紙をめくってみると、少年時代からジョイ・ディヴィジョン、現在のニュー・オーダーまでを冷静に、ときにユーモアを交えるその語り口調にはやっぱり〝私〟がふさわしいと思えてくる。僕たちが今まであまり知る機会のなかったバーニーの内面には、〝バーナード・サムナー〟というひとりの大人のミュージシャンが存在していることがわかる。

いちばん大きいのは、もちろん音楽そのものだろう。人々はそこに、とても深いレベルで自分の人生に通じるものを見出す。私たちの音楽がどれほど意味を持つものか、人が話すのを聞くたびに私はいつも謙虚にならざるをえない。(P.9)

〝私〟という一人称で語られるそのストーリーは、ときに僕たちの想像を超え、イメージをくつがえし、また、僕たち自身が持つニュー・オーダージョイ・ディヴィジョンの音楽との思い出とも重なり合うだろう。


ジョイ・ディヴィジョンイアン・カーティスの自殺という事実によって、重く、そして時を経るにつれ、どこか神聖なイメージすらをも持たれることが多い。けれども本書で語られるバーニーの少年時代の思い出からは、その音楽が生まれた(生まれざるをえなかった)当時の背景を見ることができる。
1960年代のマンチェスター、サルフォード。幸福とは言い難い労働者階級の家庭環境とゆるやかに荒廃の道を辿る地域のコミュニティ。そこで出会ったピーター・フックとスティーブン・モリス、そしてイアン・カーティスという少年たち。ワルシャワと名乗っていた彼らがジョイ・ディヴィジョンとして歩み出し描いた、荒涼とした風景と逃れようのない孤独。それは(もちろんイアンの役割が大きかったとしても)あの4人が、あの時代に、あの場所でひたむきに生きていたからこそ、鳴らされた音楽だったということ。
その描写は、ディケンズよりもアラン・シリトー(『長距離走者の孤独』『土曜の夜と日曜の朝』)やグレアム・グリーン(『ブライトン・ロック』)を思わせる。鉛色の曇り空と工業地帯特有の煤けた空気、そしてどん詰まりの日常。

〝No Future〟 そう叫んだセックス・ピストルズこそが未来への啓示であり、やがて、何かに呼び寄せられるかのように、トニー・ウィルソン、ロブ・グレットン、マーティン・ハネット、そしてピーター・サヴィルが集まった。

けれども、その先(未来)にまでイアンが一緒に辿り着けなかったことが切なく、イアンの喪失こそが彼らの歩みを進めるきっかけになったことは残酷な皮肉だ。

彼は強烈に引き裂かれていた。本当に求めていたもの、まさにそれが手に入ろうとした瞬間に、そもそも自分がそれを求めていたのかどうかがわからなくなっていたのだ。(P.123)


ニュー・オーダーとしての再起、ハシエンダの運営、そしてマッドチェスターの勃興と衰退。ニュー・オーダーの歴史の陰に隠れがちなエレクトロニック(ジョニー・マーとの思い出)にも多くのページが割かれていることもうれしい。ジョニー・マーとのきずながこんなにも深いなんて!


そして、本書と同時に国内でリリースされたニュー・オーダーの最新作『Music Complete』には、周知のとおりピーター・フックが参加していない。その確執を語るバーニーの言葉には、ファンとして複雑な思いにさせられる。

トニー・ウィルソンの『24アワー・パーティ・ピープル』、ピーター・フックの『ハシエンダ』(←フッキーの言い分も聞こう!)、そして本書。これでジョイ・ディヴィジョンニュー・オーダー、ファクトリー・レコードとハシエンダというUKロックを担う重要なストーリーを日本語で詳しく知ることができる。
「いちばん大きいのは、もちろん音楽そのもの」。確かにそうかもしれない。それでもパンクからポスト・パンク、さらに現在にまで通じるムーヴメントをポップ・カルチャーという流れの中で知る/見直すのはとても楽しくて、大事なこと。
それはスピリットの具現化であり、僕たちひとりひとりが〝どう生きるか? どう楽しむか?〟という道しるべにもなりうるからだ。僕は本書(と上記2冊)をそんなふうに読んだ。

これは、本当に生きるということはなんなのかを探る本だ。体制の外側で動き、体制を倒すこと。災難を生き抜くこと。子供の頃価値を見出したものを手放さないこと。(P.343)

ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、 そしてぼく (ele-king books)

ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、 そしてぼく (ele-king books)

24アワー・パーティ・ピープル

24アワー・パーティ・ピープル

ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側

ハシエンダ マンチェスター・ムーヴメントの裏側

あ! The Other Twoを忘れちゃいけない。ふたりが記したヒストリーをいつか読める日が来ますように(笑)。