Remember Every Moment

ある冬の日、僕は行くところもなく、やることもなくベッドに寝転びながら買ったばかりのレコードを一日中聞いていた。物憂げな「The Wrong Child」が安物のスピーカーから鳴っている。マンドリンアコースティック・ギター、そしてピアノ。ドラムが入っていないこの曲は、A面のいちばん最後。

“楽しい遊びを探さなくちゃ こんなんじゃいけないってわかってる でも、これでいいんだ” 「The Wrong Child」

「But It's Okay, Okay」とマイケル・スタイプは歌うけれど、「これでいい」なんて、僕は思っていないよ。針がターンテーブルからカチリと持ち上がって、部屋の中が静かになる。B面にひっくり返すのが面倒だ。でも仕方がない。僕はベッドからゆっくり起き上がる。窓辺に立てかけておいたR.E.M.のレコード・ジャケットが夕日を浴びていた。オレンジ色のジャケットにマーマレードみたいな夕焼け。それなのにアルバムのタイトルは『GREEN』。まったく意味がわからないな。そんなことを思いながら、僕はもう一度、ジャケットに目を向ける。その時、何かが反射したような気がした。ジャケットを手に取って、目を近づけてよく見てみると、大きく印刷されたGREENという文字の『R』のあたりがなんだかおかしい。コートされていないザラザラの表面を夕日にかざしながら、何度も指でなぞってみた。よく見てみると『4』という数字が浮かび上がってきた。GREENの『R』の上に透明のインクで『4』って印刷されてる! R.E.M.の『R』にも!

『Document』は5枚目。当然『GREEN』は6枚目。アメリカでの発売日は11月8日、大統領選の日だったはず。僕が手に入れたのは輸入盤だ。ライナーもなければ、歌詞カードもない。インナースリーヴをもう一度、チェックしてみよう。「World Leader Pretend」の歌詞は印刷されているけれど…『4』と『R』には、いったいどんな意味があるんだろう?

裏ジャケに記載されているソングリストのナンバリングがヘンだ。1. 2. 3. R. 5... 。4曲目の「Stand」が「R. STAND」になっている。でも、意味がわからない。僕はレコードをひっくり返さずに、PLAYボタンを押した。そして、「POP SONG 89」を聞きながら考えた。マイケル、ピーター、マイク、ビル。R.E.M.は4人組だから、『4』をこっそり印刷したんだろう。透明じゃ、誰も気付かないから4曲目の「Stand」のナンバリングを『R』に置き換えた。『R』はR.E.M.の頭文字だしね。A面を聞き終わる頃に、僕はそう結論づけた。

まだインターネットなんてなかった。当時はそう思わなかったけれど、無駄に過ごすための無駄な時間はあった。どれも無意味ではなかった。今はそう思う。

「But It's Okay, Okay」とマイケルが歌っていた。

僕にも3人の仲間がいる。そうだ、この発見をやつらにも教えてやろう。僕は『GREEN』をレコードバッグにも入れずに外に出た。ジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、高速道路の防音壁に沿って歩き続けた。買ったばかりのモッズコートを着てくれば良かったと少し後悔しながら、ヘッドライトとテールランプの長い列を見た。

“これは僕の過ち やり直させて欲しい 僕は壁を築いた そして、その壁を打ち砕くのも僕なんだ” 「World Leader Pretend」

僕たちはR.E.M.になりたいとは思っていなかった。僕たちは、僕は、他の誰かみたいにならなくてもいい。R.E.M.が好きだから、それぐらいのことはわかっていた。1988年、冬。ワシントン州アバディーンでは、あのバンドが活動を開始していた頃だ。

* * * * * * *

先日の台風で桜並木の古く弱ってしまった何本かが倒れた。電動ノコギリによる鮮やかな切断面の切り株が黄色いテープで囲われていた。実家のベランダから久しぶりに見た高速道路は相変わらず、夕方になると渋滞していた。灰色の防音壁は強風にもびくともしなかったという。

2011年9月21日、R.E.M.の解散声明がオフィシャル・サイトから発表された。

「ひとつの時代が終わった」とか「偉大なるロック・バンドの有終の美」とか「彼ららしい終焉」とか、それらしいキャッチ・コピーをつけて葬るのは簡単だ。だけど、僕は『GREEN』を聞きながら過ごす明日をまだ知らない。音楽は「今」を変える。僕はそれを「可能性」と呼びたい。今までそんなふうにR.E.M.を聞いてきた。これからも、それは変わらない。